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時速657kmのドローンは何罪で捕まるのか
ドローンと聞くと、公園の上をふわふわ飛ぶ撮影機材を思い浮かべる方が多いと思います。速さでいえば、自転車に毛が生えた程度のイメージかもしれません。
ところが現在の世界最速ドローンは、時速657.59km。新幹線(最高時速320km)のほぼ2倍で、家電量販店で買えるドローンの10倍以上の速さです。
記録が出たのは2025年12月11日、南アフリカのケープタウン。エンジニアのルーク・ベルさんとお父さんのマイクさんが、自作機「Peregreen V4」で飛ばしました。ギネス世界記録にも認定されています。
ただしこの飛行、日本でそのまま真似すると犯罪になります。しかも捕まる理由は、「スピード違反」ではありません。今日はその話です。
筆者は最初、この記録を「あらゆるドローンの中でいちばん速い機体」だと思っていました。しかし正確には違います。ギネスの正式なカテゴリは「バッテリーで飛ぶラジコン式クアッドコプター(プロペラ4基の機体)の対地速度」。電池とプロペラで飛ぶ機体の中では世界一であり、ジェットエンジンを積んだ無人機(ドローン)などは別の枠です。この記事の「最速」とは、その枠の話だと思ってお読みください。
まず、ふつうのドローンはどれくらい速いのか
657kmと言われても、正直ピンと来ませんよね。なので、身近なところから階段を上っていきましょう。
基準にするのは、2025年9月に発売された最新の定番機DJI Mini 5 Pro。重さ249.9g、手のひらサイズの小型ドローンです。この機体の最高速度は、いちばん速いスポーツモードで時速約65km。原付の法定速度(時速30km)の2倍あまり、一般道を走るクルマと同じくらいです。空撮ドローンとしては、これで十分すぎる速さです。
DJI Mini 5 Pro。重さ249.9gのこの機体で、最高時速は約65km出ます
同じDJIでも、ゴーグルを着けて飛ばすFPV機になると一気に世界が変わります。Avata 2は、マニュアルモードで時速約97km。ここから先は、高速道路の世界です。
その上が、人間が操縦を競うドローンレース。時速150kmを超えます。さらに上に、レッドブルが「F1マシンを空撮するため」に作った特注機がいます。最高時速350km。F1と並走するために、F1より速く作られました。もう理屈が脳筋なんですよね。
そして頂点が、今回の世界記録です。
図1:ドローンの速度比較——買える機体から世界記録まで
世界記録(青)だけが、新幹線の線(点線)をぶっちぎっている
時速657.59kmは、秒速に直すと約183m。100m走のコースを、約0.55秒で走り抜けます。人類最速のウサイン・ボルトが9秒58かけた距離を、まばたきの間に通過する計算です。しかもこの機体、メーカー製ではなく、エンジニア親子が3Dプリンターで作った自作機です。
ちなみにこの公式記録、瞬間の最高速ではありません。風の影響を打ち消すために往復2回飛んで、その平均を採った数字です。追い風だけで出した数字は、記録として認めてもらえないわけです。
記録争いも激しいんです。ベル親子は2024年6月に時速480kmでギネス記録を取りました。2025年6月にはドバイの砂漠で580kmへ更新。ところが同年11月、オーストラリアの技術者ビッグスさんに626kmで抜かれます。親子が657kmで奪い返したのは、その1か月後でした。1年半で480→657。……競い方が男子中学生なんですよね。
この時速657kmの飛行、日本でやると何の法律に引っかかるでしょうか。
「そんな速度、スピード違反に決まってる」と答えた方——残念、違います。
捕まる理由は、速度ではない
答え合わせの前に、ここまでの話を思い出してください。原付の2倍、一般道のクルマ、高速道路の世界——ドローンの速さを、私たちはずっと道路で例えてきました。これ、偶然じゃないんです。日本の空のルールは、実際に道路とそっくりの発想で作られています。免許があり、ナンバー(機体登録)があり、通行止め(飛行禁止区域)がある。
ただし、一点だけ道路と決定的に違うところがあります。日本の空には、スピード違反がありません。
本当です。航空法には「ドローンは時速◯km以下で飛べ」という速度制限の条文が見当たりません。筆者が調べた範囲では、ですが(もし条文を見つけた方はそっと教えてください)。
ただし、速さが野放しという話でもありません。航空法には「他人に迷惑を及ぼすような方法で飛行させないこと」という遵守事項があります。数値の上限はなくても、迷惑な飛ばし方そのものは禁じられているわけです。
では何が規制されているのか。答えは「速さ」ではなく「飛ばし方」です。夜に飛ばす、目で見えない範囲まで飛ばす、人の多い上空を飛ばす、高度150m以上を飛ばす。こうした空域や飛び方が、許可や承認のいる「特定飛行」として管理されています。ドローンに関わる法律の全体像は注意すべき法律のまとめ記事に譲りますが、とにかく速度の条文はここにも出てきません。速さには寛容で、無免許運転と無断ドライブには極めて厳しい。それが日本の空です。
時速657kmを目で追える人間はいません。記録機のような超高速ドローンは、ゴーグルに映るカメラ映像だけを見て操縦する「FPV」という方式で飛ばします。機体を直接目で見ない飛行は、日本では「目視外飛行」にあたり、原則として国の承認が必要です。資格も承認もないまま飛ばせば、航空法違反になります。
これを着けて飛ばすと、機体を直接見ていない状態=目視外飛行になります
しかも、壁はもう一つあります。電波です。周波数帯というのは、用途ごとに席が決まっている「指定席」のようなもの。FPVの映像伝送に使われる5.8GHz帯は、資格を持つ人専用の席です。座るには、アマチュア無線の資格(第四級以上)と無線局の開局手続きが必要です。
無線局の不法開設として、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象になります(電波法)。ドローンを飛ばして「電波の犯罪」で捕まる。これが冒頭の「犯罪です」の正体です。
免許、そっちなんかい。
つまり、あの世界記録の飛行を日本でそのまま再現するとどうなるか。免許を持たず、通行許可も取らずに、爆速マシンで走り出すようなものです。それで捕まったとき、誰もスピードメーターの話はしてくれません。見られているのは速度ではなく、免許と、走り方なのです。
日本の空は、速さに寛容で、安全に厳格
これ、冷静に考えると面白い設計だと思いませんか。日本の空のルールは、速さそのものを敵視していません。「誰が・どこで・どう飛ばすか」さえ管理できていれば、速さは技術の進歩として歓迎する——そういう思想で作られています。制度の側は、速い機体に驚いてくれません。誰の許可を取ったかだけを、静かに確認してきます。
ドローンのルールが細かくて面倒だと感じている方も多いと思います。でもそれは、あなたの理解力の問題ではありません。空という新しい「道路」に、いま信号機と免許制度が整備されている真っ最中だからです。クルマの免許制度だって、最初からあったわけではないですから。
時速657km。この数字は数年以内にまた抜かれるでしょう。ここから先は筆者の想像ですが、あの親子とオーストラリアの技術者は、たぶんまだ終わっていません。次に記録更新のニュースを見たら、思い出してください。日本の空にスピード違反はない。捕まるのは、電波と飛ばし方です。
・Guinness World Records「Fastest ground speed by a battery-powered remote-controlled (RC) quadcopter」(657.59km/h・Luke Bell/Mike Bell・2025年12月11日・南アフリカ ケープタウン/前記録は480km/h=2024年、580km/h=2025年6月・ドバイ)
・New Atlas/3D Printing Industry「Peregreen V4」関連記事(2026年1月・機体構成と記録更新の経緯/往復2回の平均で認定)
・DJI「DJI Mini 5 Pro」製品仕様(最大水平速度18m/s=時速約65km・スポーツモード/標準バッテリー使用時。Plusバッテリー使用時は19m/s=時速約68km。機体離陸質量249.9g・2025年9月17日国内発売)
・DJI「DJI Avata 2」製品仕様(最大速度27m/s=時速約97km・マニュアルモード)
・Dutch Drone Gods/Red Bull「RBD1 vs Max Verstappen」(最高時速350km・2024年2月シルバーストンでF1マシンを追走/プロジェクト開始時のFPVドローンの水準は時速180km前後)
・国土交通省「無人航空機の飛行禁止空域と飛行の方法」(飛行の方法の遵守事項/承認が必要となる飛行の方法/技能証明・機体認証・立入管理措置により承認を不要とできる場合)
・国土交通省「無人航空機の飛行許可・承認手続」(カテゴリーII飛行の要件)
・総務省 電波利用ポータル「ドローン等に用いられる無線設備について」「FPVドローンをアマチュア無線により利用する場合の注意事項」
・総務省 総合通信局「電波法抜粋」(第4条 無線局の開設/第110条 免許がないのに無線局を開設したときの罰則)
・JR東日本(東北新幹線「はやぶさ」宇都宮〜盛岡間の最高速度320km/h)
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