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「ドローンの規制は厳しくなるばかり」。半分だけ正しいです。
ドローンのルールは細かいです。飛ばしていい場所、いけない場所、届出、承認。一覧を開いて、3行目でそっと閉じた経験はありませんか。
実は、日本の空にドローンのルールができたのは2015年12月10日です。まだ10年ちょっとしか経っていません。
きっかけは、その年の4月22日。首相官邸の屋上で、1機のドローンが見つかりました。
この1機は、何の法律に違反して飛んでいたのでしょうか。そしてそこからの10年で、ルールはなぜここまで細かくなったのでしょうか。
2015年4月22日、官邸の屋上で見つかったもの
突然ですが、皆さんの学校には、妙に具体的な校則はありませんでしたか。「廊下を走らない」はまだ分かります。「3階の窓から物を投げない」みたいなやつです。ああいう校則には、たいてい元ネタになった先輩がいます。誰かが一度やったから、1行増えた。実は日本の空のルールも、まったく同じ増え方をしてきました。
2015年4月22日の午前10時20分ごろ。首相官邸の屋上、ヘリポートのすぐ近くです。職員が、見慣れないものを見つけました。小型のドローンでした。しかも機体には、微量の放射性物質を含む容器が載っていました。
この事件、いちばん妙なのはここです。この機体が飛ばされたのは、13日前の4月9日の未明でした。つまり2週間ちかく、政治の中枢の屋上に、放射性物質を積んだ機械が置かれていた。誰も気づかないまま。想像すると、静かに胃が痛くなります。
4月25日、警視庁は福井県の当時40歳の男性を逮捕します。動機は原子力政策への抗議だったと報じられました。翌2016年2月、東京地裁は懲役2年、執行猶予4年を言い渡しています。
注目してほしいのは、その容疑です。威力業務妨害でした。「ドローン専用の罪じゃないの?」と思った方。その予想は、きれいに外れています。当時の航空法には、「無人航空機」という区分そのものがありませんでした。
校則で言えばこうなります。廊下を走った生徒を「授業を妨害した」でしか叱れない状態。走るなという1行が、まだなかったんですね。あの機体が飛んでいたのは、法律の隙間ではなく、隙間しかない空でした。
追い打ちは17日後。5月9日、御開帳でにぎわう長野市の善光寺に、法要の最中、1機のドローンが落ちます。けが人はなく、横浜市の15歳が名乗り出ました。学校なら、緊急の全校集会が開かれる間隔です。
ただし、当時の空が完全な白紙だったわけではありません。空港などの周辺で模型航空機を飛ばすには、届出が必要でした。なかったのは、それ以外のほぼ全部です。
2015年の春、この夜景の上を飛ぶことを止める条文はありませんでした
想像してみてください。この夜景の上を、誰のものか分からない機体が横切っていく。止める条文は、どこにもない。2015年の春まで、私たちはそういう空の下で平気で暮らしていました。
最初の校則は、たった9項目だった
さすがに、国も動きました。官邸の一件から232日後——同じ年の12月10日に、日本の空で最初のルールが施行されます。で、その中身なんですが、意外なことにたった9項目でした。場所の決まりが3つ、操作の決まりが6つ。以上です。
図1:2015年12月10日にできたルール
左の3つが「飛行空域」、右の6つが「飛行方法」。この9項目が出発点でした。
上の9項目、よく見ると2種類に分かれています。場所を決める3つが「飛行空域」。操作を縛る6つが「飛行方法」。許可や承認なしにこれをやると、50万円以下の罰金の対象になります。
9行で足りると思った当時の度胸は、なかなかのものです。
ピンと来ない方は、体育館を思い出してください。「入っていいか」と「ボール遊びをしていいか」は、別の話ですよね。つまり飛行空域は「入っていい場所」の決まりで、飛行方法は「やっていいこと」の決まりなんです。
なお、このとき対象になったのは重さ200g以上の機体だけでした。200g未満は模型航空機の扱いのままです。ここ、あとで効いてきます。
ルールは、いまも書き足されている
校則には続きがあります。一度増え始めた校則は、なかなか止まりません。生徒手帳が年々厚くなっていく、あの現象です。……さっきから学校の話ばかりで恐縮です。ただ、これは実感でもあります。1行増えるたびに、教える側は説明の順番を組み直していますので。
翌2016年には、小型無人機等飛行禁止法という別の法律ができました。国会議事堂や皇居など、国の重要な施設の上空を飛行禁止にする法律です。そのリストには、内閣総理大臣官邸が入っています。落とされた建物が、そのまま飛行禁止の施設になりました。
リストには原子力事業所も並んでいます。原子力政策への抗議として飛んだ1機の結果、原子力施設の上空は法律で守られる場所になりました。歴史の採点は、ときどき皮肉な赤ペンを入れてきます。
対象の施設も、そのあと増えました。納得のたびに、飛ばせる場所は静かに減っていきます。
2022年6月20日には、航空法の側でも線が引き直されます。ここで、さきほどの200gが効いてきます。対象が200g以上から、100g以上へ。100gは、だいたいレモン1個ぶんの重さです。ビタミンC換算でおなじみのあのレモンが、ついに重さ換算にも進出してきました。
同じ日に、機体の登録制度も始まっています。届け出て記号をもらい、機体に表示する仕組みです。体操服に名前を縫い付ける、あれだと思ってください。手のひらサイズの機体にも、名札が要る時代になりました。
はかりの表示は59.3g。この重さなら、いまも登録は要りません
9項目だった校則は、いまどうなっているのか。国土交通省が出している今の図がこれです。
飛行の方法は6つから8つへ。図の注記にある飛行前確認と衝突予防も加わっています
飛行空域は3つから4つへ。増えたのが「緊急用務空域」です
飲酒しての飛行と、危険な飛行。2019年に加わった行です。そして増えた空域には、はっきりした元ネタがあります。2021年2月、足利市の山火事の消火活動中にドローンの飛行が目撃され、消防防災ヘリが一時活動を中断しました。同年6月1日、緊急用務空域ができています。誰かが一度やったから、1行増えた。この10年、ずっとこの繰り返しです。いまのルールの全体像は注意すべき法律のまとめ記事に並べてあります。
禁止は増えた。でも、消えた禁止もある
そして今年、2026年7月14日。小型無人機等飛行禁止法が改正されました。対象施設の周りの禁止範囲が、おおむね300mからおおむね1,000mに広がっています。不動産の広告の基準で言うと、徒歩13分です。校門から300mだった立入禁止が、徒歩13分先まで伸びた。もう学区の話ではありません。
変わったのは範囲だけではありません。施設の敷地そのものの上空はレッドゾーンと呼ばれ、以前から罰則がありました。現行法では1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。その外側のイエローゾーンは、警察官の退去命令に従わなければ罰則の対象でしたが、飛んだ事実だけでは問えませんでした。今回の改正で、飛行そのものに6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が定められました。
生徒手帳でいえば、「一応だめ」とだけ書かれていた行に、罰が書き足された形です。黄色という色に油断していると、足をすくわれます。
図2:空のルールが変わってきた10年
青が厳しくなった年、緑が緩んだ年。2022年には両方が並んでいます。
ドローンのルールは細かい、と感じている方へ。その感覚は正しいです。覚えられないのは当然です。10年分の「一度」を、一気に暗記しようとしているからです。
ところで、この年表には妙な行が2つ混ざっています。緑の行、つまり禁止が消えた年です。2021年9月、国土交通省は報道発表のタイトルにこう書きました。「ドローン等の飛行規制を一部緩和します!」——ビックリマークつきです。
中身がまた気持ちいいんです。30m以下のひもで機体をつないで人の立入りを管理すれば、9項目のうち5つは許可も承認も要らなくなりました。人がたくさん住む地域、夜間、目の届かない範囲、人や物から30m以内、物の投下。ひも1本で、5行が消えたわけです。
消えた行はもう1つ。2022年12月からは、人のいる場所の上を補助者なしで目視外で飛ばせるようになりました。認証を受けた機体と一等の資格が要る、いちばん重い扱いの飛行です。
つまり空の校則は、厚くなりながら、同時にほどけています。誰でも自由だった空が、資格を持つ人の空に置き換わった10年、と言ったほうが近いのかもしれません。禁止が増えたのではなく、鍵のかかる扉が増えて、その鍵が配られはじめた。
ここから先は筆者の想像ですが、2050年の空はこうなっているかもしれません。ルールブックは辞書なみに厚くなり、かわりに機体が全部の条文を暗記していて、禁止の場所に近づくと自分で引き返す。操縦者が「行け」と言っても、「校則違反です」と断ってくる。破りたくても破れない校則の完成です。ただ、そのころにも「ひもをつければ飛べます」の抜け道は、たぶん残っているはずです。
・参議院「航空法の一部を改正する法律案」議案経過(第189回国会・提出2015年7月14日/衆議院可決2015年8月27日/参議院可決=成立2015年9月4日/公布2015年9月11日・平成27年法律第67号)
・国土交通省 報道発表「『航空法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令』について(閣議決定)」(施行日2015年12月10日)
・国土交通省「無人航空機(ドローン・ラジコン機等)の飛行ルール」「無人航空機の飛行禁止空域と飛行の方法」(飛行禁止空域3種・承認が必要となる飛行の方法6種・罰則50万円以下の罰金)
・国土交通省 報道発表「航空法施行規則の一部改正を実施しました!~ドローン等の飛行規制を一部緩和します!~」(令和3年9月24日公布・施行。十分な強度を有する紐等(30m以下)で係留し、飛行可能な範囲内への第三者の立入管理等の措置を講じる場合、人口密集地上空・夜間・目視外・第三者から30m以内・物件投下の許可・承認を不要とした)
・国土交通省「飛行ルール(航空法第11章)の対象となる機体」(令和4年6月20日から100g以上が対象。従来は200g以上/同日から登録制度の開始)
・国土交通省「無人航空機レベル4飛行ポータルサイト」(令和4年12月5日から、有人地帯における補助者なし目視外飛行が可能。第一種機体認証・一等無人航空機操縦者技能証明・飛行の許可承認が必要)
・警察庁「小型無人機等飛行禁止法関係」「令和8年の小型無人機等飛行禁止法改正内容」(対象施設の区分/2019年改正で防衛関係施設を追加/2020年改正で空港を追加/対象施設周辺地域おおむね300m→おおむね1,000m/レッドゾーンは直罰で1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金/イエローゾーンは命令前置の間接罰から直罰に改め6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金を創設/令和8年7月14日施行)
・首相官邸への小型無人機落下(飛行は2015年4月9日未明、発見は同年4月22日)および長野市善光寺での落下(2015年5月9日)、東京地方裁判所の判決(2016年2月16日・懲役2年・執行猶予4年)に関する各社報道
・徒歩分数は不動産広告の基準(分速80m)による換算
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